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令和7年の活動実績のうち、能の実演に関するものは、5月に「能と謡」(春の会)詳しくはこちら、9月に薪能 詳しくはこちら、10月に「能楽秋の会」詳しくはこちらを開催しました。 10月の「能楽秋の会」では、能の実演は行わず、素謡(謡のみの実演)と仕舞(能のクライマックスや最後の部分の舞を、面や装束を着けないで実演するもの。謡がつきます。)、舞囃子(仕舞に囃子がついたもの)を行いました。連調といって、一つの楽器(今回は小鼓)を大勢で演奏する演目もありました。 また、午前の部には、「和楽会の部」を設け、連管といって、笛の合奏(今回は小鼓がつきました)も取り入れました。 |
✿能と謡 令和7年春
令和7年5月25日(日) 11時より 於 会津能楽堂
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1 番組と役
・素謡 呉服(くれは)
シテ:吉田徳子 ワキ:古田豊子 ツレ:竹井亜矢子
・同 蝉丸 写真はこちら
シテ:小野木和子 ワキ:浜崎幸子
・仕舞 花月 橋本五十雄 写真はこちら
・同 八島 大野 篤
・舞囃子 紘上 佐藤文江 大鼓:上野正義 小鼓:栗城幸子 太鼓:山垣正英 笛:星田光子 写真はこちら、あらすじはこちら
・同 小袖曽我 十郎:秋本征子 五郎:栗城幸子 大鼓:角田久美子 小鼓:栗城幸子 笛:星田光子 写真はこちら あらすじはこちら
・素謡 猩々 写真はこちら
シテ:河合政弘 ワキ:星 忠勝
・同 桜川
シテ:長澤 豊 ワキ:佐藤 仁
・同 東岸居士
シテ:鈴木圭介 ワキ:深谷信也
・仕舞 高砂 佐藤かよ子
・能 東北(とうぼく) 前シテ:堀 敦子、後シテ:佐藤ヨシカ、 ワキ:村越洋子 ワキヅレ:馬場則子 大鼓:坂内庄一 小鼓:松井恒子 笛:佐藤 仁 後見:佐藤文江、竹井亜矢子 写真はこちら あらすじはこちら
2 写 真
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3 あらすじ・解説
「紘上」は中国から渡来した「青山」「獅子丸」とならぶ三面の琵琶の一つで、この曲は琵琶の名器にまつわる物語です。
さて、平安時代末期の琵琶の名手太政大臣藤原の師長(もろなが)は中国に渡り奥義を極めようと、都を出て須磨の浦に着きます。しかし、塩屋の老夫婦に姿を替えた村上天皇と梨壺の女御(にょご)の琵琶と琴の見事さに感じ入り中国への渡航を思いとどまります。
夜半となり、村上天皇の霊が神々しい姿を現し、龍神に命じて龍宮から「獅子丸」を持ってこさせ師長に与えます。
舞囃子はここからです。師長は村上天皇や八大龍王と共に楽を奏で、村上天皇は舞を舞い天に帰り、師長は「獅子丸」を携え都に戻って行くのです。
舞の曲は「盤渉早舞(ばんしきはやまい)」で水にちなんだ曲の時に舞われ、盤渉調とは常の笛より調子が高くなります。また、天皇の舞ですから、ゆったりした位です。
曽我兄弟は富士の裾野で行われる狩りの折、親の仇を打つ計画を立て、暇乞いに母を訪ねますが、母は勘当の身故、五郎時宗には会わないといいます。しかし、十郎祐成のとりなしによって母ついには時宗の勘当を許します。兄弟はうれし泣きに伏しまろび、門出の舞を舞い、別れを告げて本望をとげようと狩場にでかけるのです。
舞は「男舞」で二人で舞う「相舞」、見所から見て、左が兄の十郎、右が弟の五郎です。舞の途中で入れ替わるなど、「相舞」ならではの型が入ります。
なお、小袖の由来は「曽我物語」の(十郎が母からいただいた小袖に着替え、自分の小袖を形見に残していった)という挿話によるそうです。
東国の方から都に上ってきた僧たちが、今を盛りと咲き誇っている東北院の梅を見て感じ入っていると、一人の里女(前シテ)が声をかけ、その梅は和泉式部の植えた軒端(のきば)の梅であるといい、あの方丈は式部の寝所であると述べます。
そして、自分こそ、この梅の主といい梅の花の陰に消えて見えなくなります。―中入り※―
夜に入り、僧たちが法華経を読経していると、式部の霊(後シテ)が在りし日の美しい姿で現れ、遠い昔の思い出を話し、今は歌舞の菩薩となっていることや、若の徳について述べ、美しい舞「序の舞」を舞って暇を告げて方丈の中に入り、僧の夢もさめてしまいました。
「序の舞」は特にゆったりとして、気品ある静かな舞です。優美な女性にふさわしいといわれています。
式部を歌舞の菩薩とし、梅の花を配し、気品ある麗しい能になっています。王朝文化の華やかさ匂わせる、能らしい能ともいわれています。
令和6年度の大河ドラマ「光る君へ」を思わせます。
※「中入り」とは、演目が前半、後半に分かれている場合に、シテが着替えのため幕内に戻ること、またその間を指します。中入り前のシテを前シテ、後のシテを後シテといいます。中入りの前後では、装束や面が変わるだけでなく、立場や人柄が変わるなどの変化もあります。
✿第37回 会津鶴ヶ城 薪能
令和7年9月20日(土) 17時30分より 於 会津能楽堂
会津若松市市民文化祭の参加行事として行われ、会津若松市長よりお祝いのことばをいただきました。
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1 番組と役
・仕舞(宝生流) 草薙 船木真一 写真はこちら
・同(観世流) 賀茂 星田光子
・同(観世流) 海士(あま) 佐藤昭一
・能 西王母 前シテ:大野 篤、後シテ:秋本征子、 子方:竹井亜矢子 ワキ:上野正義 ワキヅレ 新井田大 大鼓:坂内庄一 小鼓:馬場則子 太鼓:佐藤ヨシカ 笛:佐藤 仁 後見:船木真一、橋本五十雄 写真はこちら あらすじはこちら
2 写 真
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3 あらすじ
この曲は中国に古く信仰された西王母伝説を題材としています。終始めでたい曲です。
初めに、帝がお座りになる台が出されます。
ワキ(帝)とワキヅレ(大臣)が舞台に入り座に着くと、お話が始まります。
周の時代穆(ぼく)王の御代、多くの人々が集い、泰平を寿ぎ喜んでいるところに、桃花の枝を肩にした一人の若い女性が現れ帝に申します。
「三千年に一度だけ花開き実を結ぶ桃が咲きました。これも帝のご威光です。お捧げ申します。」 女性は桃の花を帝に捧げると「私は西王母の分身です。やがて真の王母の姿となって、仙桃の実を捧げに参ります。」と約束し、天に昇っていきました。ここまでが、前半です。
帝は喜び宮中の楽人を集め、管絃を奏して王母の天降る(あまくだる)のを待ちます。
やがて冠をつけ美しく装った西王母がヒュイヤーラー オヒャァイトラと下羽(さがりは)の独特の楽の音の中、侍女を先立てて現れます。玉盤に不思議の桃の実を載せ帝に捧げると、春風に和しつつ舞い、神も人も花もともに酔い、喜びを尽くして、王母は天路はるかに翔り去るのです。
✿能楽秋の会 令和7年秋
令和7年10月25日(土)10時より 於能楽堂
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1 番組と役
<和楽会の部>
・素謡(芳馨会) 松虫
シテ:松井恒子 ワキ:村越洋子
・同(謡友会) 経政
シテ:吉川修平 ワキ:五十嵐仙之
・仕舞(芳馨会) 花月 佐藤藤枝
・同(芳馨会) 歌占 廣木由利子
・同(幸栄会) 鶴亀 木村睦子
・同(幸栄会) 羽衣 水野江梨 写真はこちら
・素謡(会津観世流連合会) 半蔀(はしとみ)
シテ:星 忠勝 ワキ:星 安博
・同 (芳馨会) 阿漕(あこぎ) 写真はこちら
シテ:山垣正英 ワキ:猪俣隆二
・連管(森田流笛)(芳馨会、幸栄会) 中之舞 写真はこちら
唐橋久美、廣木由利子 小鼓:栗城幸子
・仕舞(芳馨会) 鶴亀 橋本五十雄
<能楽会の部>
・素謡 敦盛
シテ:佐藤昭一 ワキ:河合政弘
・仕舞 養老 新井田大
・同 敦盛(クセ) 大野 篤
・素謡 龍田
シテ:深谷信也 ワキ:山垣正英
・仕舞 鵜之段 吉田徳子 写真はこちら
・同 猩々 星田光子
・舞囃子 班女 山垣美枝子 大鼓:平山 昇 小鼓:馬場則子 笛:角田久美子 写真はこちら、 あらすじはこちら
・連調(幸流小鼓) 田村 栗城幸子、佐藤昭一、佐藤ヨシカ、馬場則子、船木真一、松井恒子、平山 昇、山垣美枝子
・素謡 源氏供養 写真はこちら
シテ:濵﨑幸子 ワキ:堀 篤子
・舞囃子 高砂 佐藤 昭一 大鼓:船木真一 小鼓:松井恒子 太鼓:佐藤ヨシカ、笛:星田光子 あらすじはこちら
2 写 真
<和楽会の部>
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<能楽会の部>
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・舞囃子 高砂
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3 あらすじ
美濃国野上の宿に花子(はなご)という遊女がおりました。東国へ下る都の貴公子吉田の少将は花子を深く愛し後日を誓って形見の扇を取り交わします。形見の扇を抱いて恋焦がれる花子は憎まれ追い出されてしまいます。追い出された花子は都に向かい神仏に少将との再会を祈り、扇をながめ、中之舞を舞い、恋しい人に逢えない悲しさに狂乱します。この部分が囃子です。
しかし、その後二人はめぐり逢い形見の扇を取り交わし再開を喜びあうのです。
能の代表的な祝言曲で、知名度の高い曲です。前半は、老夫婦の姿を借りた播磨の国高砂の松の精と摂津の国住吉の松の精が、常緑の松に例えて長寿と夫婦の情愛を語ります。後半は住吉明神が姿を現し、澄んだ月明りのもと颯爽と舞を舞います。舞囃子は住吉明神の舞の部分、舞う曲はテンポの早い「神舞」。「千秋楽は民を撫で、万歳楽には命を延ぶ」と国土安穏、寿福千年を祈り、天下泰平を寿ぎます。相撲の最終日を千秋楽というのも能から出た言葉です。






















