会津能楽会とは
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1 会津能楽会の歴史
戊辰の役(会津が敗戦)により、武士階級(能楽愛好者)は斗南藩(青森県ー下北半島)へと移住した。この大変革にもめげず、武家以外の能楽愛好者によって、能装束・能面の保存、新規購入,演能技術の研鑚・向上を目指して、明治11年に「和楽講」が組織され、市民参加の能楽発展の基盤が芽生え、現在まで下記のように脈々と続いている。
参考までに、東京では、3年おくれた明治14年に旧大名家の発起人によって能楽社という組織が作られ、その後、徐々に能楽は復活したことを考えるに能楽復興の先駆けとなった歴史がある。
戦後はその経済・文化混乱の中で昭和24年1月、会津宝生能楽会が設立され、春・秋の演能は定期的に開催され、神社では薪能も行なわれていた。
昭和30年に孫弟子会は[和楽会]と改称され、昭和34年にはそれまであった「会津宝生能楽会」に観世流愛好者が加わり、名称を「会津能楽会」とした。
昭和61年には第1回会津鶴ヶ城新能が本丸御殿跡の特設舞台で行われ、大勢の観光客を楽しませ、以後毎年行われていた。
このうち薪能は平成20年までは鶴ヶ城本丸跡の特設舞台で行われました。
2 会津能楽会の主な活動
能の実演に加え、以下の活動も行っています。
〇能装束・面(「おもて」と呼びます)・小道具・作り物の保存・補修と新規購入
〇装束類の虫干し:例年夏に行います。
〇広報活動として、隔年で会報を発行 詳しくはこちら
〇能教室(小学生向け、一般人向け)詳しくはこちら
会員は稽古のグループごとに宝生流や観世流に所属している能楽師を招き研修しており、能楽全般について技能の向上に努めている。
このように、地方の市民団体である本会は貴重な能面・装束・道具類などの財産を所有し、能を演じ、地域における能楽文化の興隆・発展に寄与している。これは全国的にも珍しい存在です。悩みは会員数の減少と高齢化です。興味がある方は、ぜひ一度見学してください。
連絡先:事務局長 上野正義 090-9033-4369
3 会津能楽会の組織・役員(令和8年度:最新)
毎年2月に総会を開き、前年度事業報告、今年度活動予定、役員等を決めています。役員と各委員会担当者の最新(令和8年度)内容は以下のとおりです。 |
⑴ 役 員
顧問 折笠成美
会長 坂内庄一 副会長(兼事務局長) 上野正義
理事 庶務担当 佐藤 仁 会計担当 栗城幸子、村越洋子
佐藤ヨシカ、平山 昇、角田久美子、堀 篤子、新井田大
監事 河合政弘、濵﨑幸子
⑵ 委員会 ※氏名の前の〇は責任者を表しています。
<演能企画委員会>(10名)
○上野正義、坂内庄一、佐藤 仁、栗城幸子、村越洋子、佐藤ヨシカ、平山 昇、角田久美子、堀 篤子、新井田大
<財産管理委員会>(7名)
○栗城幸子、坂内庄一、佐藤ヨシカ、上野正義、角田久美子、堀 篤子、佐藤 仁
<能装束着付部>(11名)
○ 堀 篤子、小野木和子、佐藤ヨシカ、栗城幸子、秋本征子、山垣美枝子、松井恒子、村越洋子、佐藤文江、吉田徳子、竹井亜矢子
<広報委員会>(7名)
○河合政弘、上野正義、栗城幸子、角田久美子、堀 篤子、山垣正英、山垣美枝子
<ホームページ作成委員会>(3名)
○鈴木圭介、船木真一、竹井亜矢子
<会報編集委員会>(4名)
○佐藤 仁、鈴木圭介、上野正義、 角田久美子
<育成委員会>(11名)
○新井田大、坂内庄一、平山 昇、栗城幸子、佐藤ヨシカ、山垣正英、山垣美枝子、上野正義、
松井恒子、佐藤 仁、竹井亜矢子
令和7年2月現在の在籍者:46名
4 会津地域でのお稽古場
大きく分けて、宝生流と観世流の2つの流派が活動しています。
また、宝生流や観世流に属する、いわばプロの能楽師の指導を受けるお稽古場と、ふたつの流派から指導を許されている教授(各流派の嘱託会所属)の指導を受けるお稽古場があります。
お稽古場には、「〇〇会」などの名前がついており、会主の名前を使って「〇〇グループ」と言うこともあります。詳しくはこちら
5 ホームページについて
平成14年以前は、ホームページがありませんでした。
平成14年から26年までは、旧ホームページを参照してください。

